■古代中国の儒教精神と「孝」の再考

●親孝行、敬老の精神を学校で教えるべきか

 

・古代中国の儒教精神と「孝」の再考

 


儒教では理想的精神である「仁」とは「礼」に従うことであり、かつ「仁」を広く社会に おいて実現させる手段であると孔子は答えている。そして、具体的には「礼」を一切の行動 規範にすることが望ましいとされる。今回は福祉の視点から、古代中国の「礼」における弱 者の位置付けとして、幼人、老人、貧困者、障がい者への配慮も記されていることが確認し たい。この中で幼は「愛護」の精神が要求され、老は「養敬」が求められる。「孝」の精神 には物質面での配慮を前提として、かつ精神面での配慮の「敬」を伴ってこそ初めて「孝」 となることが孔子によって示されている。年功序列は古くからその価値観をもって社会的 基準を確立して、加齢による身体的条件に関わらず優遇される社会システムが構築されて きた。古代中国に見る福祉の概念の中では、高齢者への配慮は弱者保護という観点以上に年 功序列を前提にした儒教の基本理念である「孝」の価値観に基づいて構築されている。この「孝」の確立した社会こそが秩序の保たれた理想社会なのである。

 ・なぜ「孝」の精神が必要なのか

儒教思想での「孝」は人間を死の恐怖から解放する役割を持つ思想である。「孝」の実現 は身体的制約を受ける「老」への不安や恐怖を解消する役割も果たしていると考えられる。 なぜなら、加齢によって弱者になるのではなく物質的、精神的な配慮を獲得できるからである。我が国の老人福祉法にも「老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として、 かつ、豊富な知識と経験を有する者として敬愛されるとともに、生きがいを持てる健全で安 らかな生活を保障されるものとする」とあり、「敬愛」の対象であることが明示されている。 これは他の東アジア諸国と同様に古代中国の儒教精神が我が国に影響を与えたものと推測 できる。一部では、儒教は人間を差別、区別し、「孝」の思想が「個人の尊重」を掲げる日本国憲法に反すると指摘する。しかし、我々日本人が古代中国からの思想とは無縁ではいられず、歴史的な制約からも自由になることはできないとすれば、真に日本人の美徳を自ら失うことを選択することは両親、ご先祖様への冒涜であり、許されるものではないと考える。 欧米文化の流入個人主義社会の到来は日本人の「孝」の思想を破壊しようとしている。も う一度立ち止まって、「孝」の儒教精神を大切にしていきたい。

 

 

 

・日本の核家族化と子どもたち

 近年、核家族化が進み、親と子どもという二世代家族の形が日本の主流を占めている。これまでは長男以外の次男、三男が新屋に出て核家族化することはあったが現在ではその生まれに関係なく核家族化が進んでいる。それまでの祖父母、親、子どもという三世代が同居していた日本の家族制度の枠組みが都市部を中心に崩れてきている。ここで日本の家族のあり方に関しての是非は述べないが日本の子ども達が祖父や祖母といった年配の方との交流が非常に限定的になり子どもにとっての親が自分の親に対し親孝行する機会を見ることが少なくなっている。また、敬老の心と親孝行の精神はその相関性を有することは周知の事実である。

 また、近年「老害」などと言う汚い言葉を耳にすることが多くなった。長い人生のなかで獲得した生活の知恵や人との関わりあいなどについての見識を有するお年寄りを尊重するこころの育成が教育現場で求められている。そんな現代において、お年寄りと子どもたちの交流は相手を思いやる心の育成に資するところが多くあると考える。 

 

・絵本『だいじょうぶ だいじょうぶ』から学ぶ                

 あの恐ろしい戦争から70年以上の時が経つ。日本の家父長制や忠孝の精神が日本の軍国主義を助長したという批判により戦後の日本では学校現場で親孝行を教える事が難しかった。孝行の精神は強制されるものでは決してない。それは自発的に親や祖父母を大切にする気持ちであり、人を思いやる気持ちの基本でもある。そのことを踏まえた上でいとうひろしさんの名著『だいじょうぶ だいじょうぶ』から孝行の精神を考えていきたい。

 この著書は私が読み聞かせすると毎回涙が出てしまうほど偉大な児童文学の一つである。大まかな内容はおじいちゃんと孫のぼくが散歩をして世間を知るうちに不安や困難にぶつかっていく。その度に、おじいちゃんはぼくに「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と声をかけてくれる。時が経ち、ぼくが大きくなっておじいちゃんが年を取り入院する。大きくなったぼくは病院にお見舞いに行きおじいちゃんの手を握りなんどでも、なんどでも繰り返す。「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、おじいちゃん。」ここで物語がおわる。この絵本から私は二つの事を子ども達に考えさせたい。一つ目は自分より先に老いていく祖父母に対して愛情を注いでもらった分、少しでも恩返しをする孝行の気持ち。二つ目は友達や家族が不安や悩みを抱えている時に「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と声をかけたり思いやりの心をもつことである。

 

・お年寄りを大切にできる国へ

 人生100年時代と言われる今日において私たちもいずれは年を取る。そんな時代であるからこそ人生の先輩としてお年寄りに敬意を示し、思いやりの心を持つことが大切である。日本人が大切にしてきた忠孝のこころ、儒教の精神を過度に崇拝するのではなく節操をもって大切に育てていくことが必要だと考える。これは教育現場だけでなく介護や医療現場においてもお年寄りに対して尊厳ある対応をとることの大切さに共通する。敬老の心を畏怖の気持ちによって押し付ける家父長制的教授ではなく思いやりの心の観点から敬老の心、親孝行の精神を育てていきたい。敬老のこころを育てる道徳教育は人間が老いを尊厳をもって過ごす事ができる社会を作るとともに、子どもたちの心の成長にも大いに資するものと考える。