■ベルリン陥落にみるナチスの優生思想

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映画『ヒトラー最期の12日』は第三帝国の崩壊をベルリン市街戦と地下壕の生活を中心に扱っている。ヒトラーの秘書を務めたユンゲの証言を元にしたナチス中枢の末期を描く作品である。

 

●ナチズムの優生思想

この映画はナチスドイツのファシズムと優生思想の拡大が破滅への道に陥る事を示している。よく知られていない事だがナチズムの中にはダーウィニズムに基づく優生思想を元に様々な残虐な政策が行われてきた。ユダヤ人のホロコーストは余りにも有名だが、初期の収容所は障害者及び政治犯が送られる場所であった。ナチズムの理論はこの優生思想が支配的で自然界では弱き者が淘汰される。弱者への情けは自然の掟に背くと考えられた。ホロコーストアーリア人を源流とするゲルマン民族の民族的優位性とユダヤ人の劣位をその根拠に置いている。ユダヤ人への差別を正当化する動機は何か。ナチスの宣伝相ヨーゼス・ゲッベルスは若き頃、ユダヤ系資本にことごとく採用を拒まれている。このようなユダヤ系資本に対する憎悪を背景にホロコーストの悲劇を正当化しようとする手口にはある。

 

ベルリン市街戦と降伏の遅れ

1945年の四月にはソ連赤軍が東部戦線を通過してドイツの敗戦は決定的であった。ドイツの降伏決断を遅らせた要因の一つに第一次大戦の降伏の記憶がある。ナチス中枢では降伏への拒否感は大きかった。ヒトラーエバ・ブラウンは戦後交渉をゲッベルスに託し自死ゲッベルス一家は五人の子どもを地下壕で殺害した後に妻のマクダと共に自死を選んでいる。その頃のベルリン市街ではソ連赤軍による砲撃が続き、民間人の犠牲を多くだした。また、ナチス親衛隊が特殊防衛隊に民間人を駆り出すと同時にそれを拒否した者を治安維持を名目に殺害した。第一次大戦の降伏の記録、ナチス中枢とソ連の交渉決裂がベルリン市民の被害を大きくしたのである。

 

●優生思想は社会正義ではない

ナチスドイツのダーウィニズムホロコーストをはじめとする増悪と差別を生み出すと同時にナショナリズムと結びつき他国への侵略戦争を引き起こした。社会正義の要素である効率と公正の概念において、過度に効率が肥大化する事態にダーウィニズムの思想が用いられる。驚くなかれ戦後日本にも「優生保護法」や「らい予防法」に優生思想が引き続き残されてきた。障がい者ハンセン病患者に対する隔離政策はナチスドイツの強制収容所を想起させる。ダーウィニズムに基づく優生思想は偏狭なナショナリズムの中にいつも内包されている。ヒトラー自死の前に秘書にこう呟いたと言う。「ファシズムは私と共に滅びる。しかし、100年後再び宗教のように新しい形のファシズムが必ず生まれるだろう」。移民や難民に対して排外的な言動を煽る右派ポピュリズムにどう対峙していくかがこの言葉から問われている。