■日本型福祉レジームとは何か

 


●日本型社会福祉レジームの限界

日本の社会保障制度は実に特異である。エスピン・アンデルセンが指摘する先進福祉国家 の3類型(イギリス、アメリカをはじめとする個人や家族の自助努力を重んじる自由主義レ ジーム、大陸欧州を中心とする職域別、家族ケアを前提とする保守主義レジーム、北欧諸国 を中心にする高福祉高負担の社会民主主義レジーム)とはいずれとも異なる日本型社会福 祉レジームを構築してきた。戦後の日本型社会福祉レジームとは、家族と企業を福祉の担い 手とした独自の福祉システムを保守政権が形つくってきたところに特徴がある。その日本 型社会福祉レジームを支えてきた基盤が時代の過渡期に差し掛かりつつある。日本でも個 人主義社会が到来する中で、政府は労働力不足に対して、女性の社会進出を進めるだけで、 社会保障制度を整備しようとしない。女性の社会進出という一見美しい言葉の裏には労働 者階級の生活をさらに苦しめている現実がある。また、日本の企業中心的な社会保障システ ムは自営業者や中小企業などと大企業の格差を助長している。これまでセーフティネット として機能してきた日本の家制度を破壊しておきながら、何も対策を打たない社会でどう やって生きていけば良いのか。少子高齢化社会の進展とともに、日本の社会保障関連費は 年々右肩あがりを続けている。このような状況の中で、経産省は不足する労働力を女性の社 会進出で補おうとする。一方で、厚労省は膨張する社会保障費の抑制を家族の自助努力で補 おうとする。そのしわ寄せが待機児童や介護の問題となって表面化している。 日本の家制度の崩壊と個人主義社会の到来は、日本の社会保障制度を北欧型の福祉国家へ と移行する過渡期にあるのか。私は日本が(これまでも、これからも)真の福祉国家にはな りえないと考える。

●日本の社会民主主義政党の失敗と負の遺産

北欧型の社会保障制度を理想とする一方で、日本では社会民主主義政党が政権を取ること は難しく、増税へのコンセンサスも非常に難しい。民主党政権の唯一の成果である消費増税社会保障の一体化も安倍政権の元で骨抜きにされた。一方で、戦後日本の社会保障システ ムは、社会民主主義政党が政権を取ることが非現実的であったために、自民党がウイングを 左に伸ばして社会福祉の充実に努めてきた。繰り返すが、日本の戦後社会福祉レジームは欧 州各国とは異なり、家族と企業を福祉の担い手とした独自の福祉システムを保守政権が形 つくってきたところに特徴がある。また、企業中心主義的な体質を持つ日本の民間労組は新 自由主義に親和的な一面があり、左派政党の分裂を引き起こしてきた。そのため日本では、 国民的な社会保障政策へのコンセンサス形成は非常に難しく、増税を訴えた政党は次の選 挙で必ず議席を減らすことになる。社会システムが大きく変動している中で、保守層のみならず、都市部の無党派層の多くが社会保障増税への反対を口にしている。 日本の社会民主主義政党への歴史的な不信感が日本の社会保障と税の一体改革を阻害する 原因になってきた。よって、安倍政権のような保守政党による福祉拡充策が取られることは あっても、欧米諸国に見られる社会民主主義政党による増税福祉国家建設への道のりは 困難であると考えられる。

 

●権利と責任を問う

本来、欧米諸国は保守政党社会民主主義政党が交互に政権を担当することで、1950〜70 年代に福祉国家の全盛期を迎えた。イギリスの労働者党、フランスでは社会党が福祉政策を リードしてきた。各国に共通して社会主義への危機意識が福祉国家の建設を後押ししたこ とは間違いない。一方で、80年代には東側陣営の低落と、サッチャー、レーガンを中心と する新自由主義が巻き返しをはかるにいたる。日本はエスピン・アンデルセンの示す3つの 福祉国家論(イギリス、アメリカをはじめとする個人や家族の自助努力を重んじる自由主義 レジーム、大陸欧州を中心とする職域別、家族ケアを前提とする保守主義レジーム、北欧諸 国を中心にする高福祉高負担の社会民主主義レジーム)には当てはまらない保守政権によ る日本独自の社会保障システムを確立したのである。また、それは日本の家制度による、長 男家族が両親の介護及び当家の全責任を担うと同時に、財産を保護されるという関係性に よって担保されてきた制度設計であった。しかし、戦後の兄弟間の相続分平等の原則が民法 上認められると、長男家族が両親の介護、家業を担う責任を負わされて、財産だけを分配す るという極めて不平等な事例が多くみられることとなった。日本の社会保障システムが少 子高齢化と個人主義社会という社会システムの転換期にあるなかで、戦後日本型社会福祉 レジームから北欧型の社民主義レジームへの抜本的な脱却が困難ななかで、介護問題をは じめ、個人の社会保障の責任所在が不明確のまま、家父長制的家制度を解体することは非常 に困難をともなうものである。戦後日本型福祉レジームからの脱却が難しい中で、日本の責 任と権利を一体化した家父長制的家制度及び財産権の明確化は必要不可欠であると考える。